周回の周回の法が何を意味しているのか、どのような背景を隠しているのか現時点ではわからないが、その適用範囲はわたしたちが想像をはるかにこえて広範だ。さっそくだが、これを見てくれたまえ。

どうだろう。周回の周回の法の並外れた許容力の一端を感じてもらえたことと思う。さて超格子体は本来、空の器であり、数はそこへそそがれる内容物という見方こそ正しいのであろう。器の持つ特殊な構造を壊すことなく、それを満たす数たちは、いったいどのようなものたちでなくてはならないか? 今回、わたしたちは連積、乗数を通してそのようなことを考察してみたい。

そう。おそらく器としての超格子体が迎い入れることができる数たちはこのようなかたちのものだ。それゆえ、これまでわたしたちがよく目にしてきた超格子体において、行の交換という破天荒なこころみに対しても、周回の周回の法はその力をキープすることができるのだ。

いや、周回の周回の法における超格子体の寛大さは、その程度のものでは断じてない∙∙∙。わたしは、ほんの出来心から、みずからにこう問うたのだ。行の交換に対して不変の力を発揮するのなら、列の交換は? やれることはなんでもやる、それがわたしたちのモットーだった。やるしかないだろう。

超格子体のなんという包容力。そして周回の周回の法のなんというタフネス感嘆のためいきとともに、わたしの口からもれたもの。行の交換と、列の交換を同時にしたらどうなるか? 諸君らも、きっと心は同じであろう。まさか、という思いとともに入りまじる一抹の淡い期待。

絶句である。いつものようにどこまでも想像以上に魅せてくれるのが超格子体である。が、一体全体、この事実を踏まえた上で、超格子体の代数的構造はどのように統一的記述が許されるのであろうか。果敢なる智者たちの手に託したい。